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4gamerにて、ドワンゴ会長 川上量生氏と、株式会社ポケモン 石原恒和社長ら「岩田社長をよく知る人物」が集まり、任天堂 岩田聡社長の生前のエピソードを語る座談会の様子が掲載されています。

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天才プログラマー時代の岩田聡氏


三津原 敏氏:
 岩田さんのキーボードを叩く音はすごいんですよ。ガチャガチャガチャとかいう擬音のレベルじゃないくて,ドゥルルルル!と鳴り響くんですよ。あまりに指の動きが速すぎるせいで,キーボードを打ち続ける音がまるで連続した一個の音のように聴こえるんです。あんなに速いタイピングをする人は,ほかに見たことがないですね。

石原氏:
 打鍵もメチャクチャ強いから,彼の使うキーボードはすごい勢いですり減っていくんですよね。

田中氏:
 そうやって,異様な音を響かせながらすさまじい速度でプログラムを組み立てていくと,今度はいきなり「ポンッ」と指を離して,また席を立ってふらふら歩きまわるんです。……なにかと思うでしょう?

川上氏:
 もしかして,計算待ちですか?

田中氏:
 そうです。当時はアセンブリ言語で作ったファイルをアセンブルしてエミュレーターに読み込ませるまでをバッチ処理として走らせていたわけなんですが,少し時間がかかるんです。その計算を部屋をウロウロしながら待っているんです。そうして,岩田さんがおもむろに席に戻ると,それを待っていたかのように処理が終わる(笑)。

http://www.4gamer.net/games/999/G999905/20151225009/


『MOTHER2』の開発が暗礁に乗り上げていた頃に、岩田さんが颯爽と登場して問題を解決していったなど、プログラマー時代の岩田さんの逸話は山ほどありますが、その凄さを証明する一幕。

とにかく座談会の中で登場するプログラマー時代の岩田さんのエピソードが、あまりにも人間離れしすぎていて、以前『社長が訊く』でも石原社長が言っていた『社長にしておくのは、勿体無い』発言もあながち冗談ではなく本気だったんだなと感じさせられました。


最後まで諦めず、問題解決に取り組んだ『闘病生活』


石原氏:
 この話は表には出ていないですよね。実は,岩田さんはご自分の病気が何であるのか,告知を受けて正確に知っていたんです。
 そして,自分で最新の医学書とMacを病室に持ち込んで,自分の病状と今ある解決策を徹底的に学んだんです。それこそ医者より詳しくなるくらい,自分の病気に関して徹底的に研究していたんですね。
 そうして,私なんかが会いに行くと,「この病気で死ぬ確率と生き残る確率はそれぞれこれくらいあって,自分はこの線で行くのが最適解だと思う」と,いつもの問題解決を考えているときの調子で,楽しそうに話すんです。

川上氏:
 岩田さんの病気は相当に難しいものですよね。そのことをわかった上で……。

石原氏:
 ええ,全てわかった上で,まだこういう解決策があるはずだと,ベッドの上でいつもと同じように考え続けていたんです。
 最先端の治療を自分で試せないかと,様々なアイデアを主治医に相談したりもしていたそうです。私の知っている岩田 聡という人物は,そういうときに「人類の未来には,きっとこの病気は簡単に治るものになる。そのために今,自分は何をすればいいのか?」を考えていく人なんですね。彼は本当にエンジニアでしたから。

石原氏:
 凄まじかったですよ。日々最新の医学書とネット情報を検索し,主治医をつかまえては議論するんです。岩田さんは自分自身の病気まで含めて,あらゆる「問題解決」について最後まで諦めませんでした。どこまでも前向きで,亡くなる直前まで解決策を考えていたんです。

http://www.4gamer.net/games/999/G999905/20151225009/index_3.htm


岩田さんの闘病生活のことは初めて読みましたが、生存率が極めて低い病気であると知りながら、最後まで諦めずに問題解決に取り組んでいたようです。目の前に問題があると解決せずにはいられない岩田さんの性分は、過酷な闘病生活の中でも発揮されていたとのこと。本当に凄い…。


以前、糸井重里さんが、周りの皆が故人について話すとき、実に楽しそうに話す、そういう人になりたいというようなことを話されてましたが、まさに岩田さんはそういう生き方をされてきたんだなと実感。皆さん、岩田さんの生前のエピソードを嬉しそうに話されているんですよね。

今回の座談会では岩田社長のプライベートの話や、ポケモンとの関わりなど、興味深い話がてんこ盛りなので、是非じっくり読んでみることをお勧めします。




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